新しい朝 CHRONICLES #142 [ボブ・ディラン『クロニクルズ』]
いつのことだったろうか。
初めてラジオ体操に出かけたのは、小学校低学年だ。
周囲はまだ田圃ばかり。
越してきて間もないので同じ町内には友達がいず、少し離れた空き地に行くのが億劫だった。
初日から数日経ってから、気づいた親に家を追い出されて、ねぼけ頭で出かけて行った。
元々身体は柔らかいし、NHKのラジオ体操第一と第二はなんということもなくこなせたのだが、ショックだったのは歌だ。
みんなが元気よく歌う、その歌を僕は歌えなかった。
初めて聞くのだから。
♪ あ~た~らしい 朝が来た~
♪ き~ぼ~おの 朝だ~
また明日も来なければならないんだな。
まだ歌を覚えていない。
夏休みの朝は憂鬱だった。
第3章のタイトルは"New Morning"。
もちろんボブ・ディランの1970年のアルバムタイトルであり、同名の曲もあります。
♪ So happy just to be alive
♪ Underneath the sky of blue
♪ On this new morning, new morning
♪ On this new morning with you.
♪ New morning . . .
♪ 幸福だ 生きているだけで
♪ 青空の下
♪ この新しい朝 新しい朝
♪ この新しい朝きみと一緒に
♪ 新しい朝…… (片桐ユズル訳)
ページをめくると、かなりの歳月が流れています。
もう、グリニッジビレッジで夢を実現しようとしていた19歳のディランではありません。
ディランは父親の葬儀を済ませて、故郷からウッドストックの自宅に帰ってきたところです。
テーブルの上には、アーチボルド・マクリーシュ(Archibald MacLeish)からの手紙が置いてありました。
マクリーシュ(1892-1982)は詩人です。
ディランの言では、アメリカの「桂冠詩人(poet laureate)」です。
ディランは他の「桂冠詩人」に関しても触れています。
大草原と都市の詩人、カール・サンドバーグ(Carl Sandburg 1878-1967)。
暗い瞑想の詩人、ロバート・フロスト(Robert Lee Frost 1874-1963)。
この三人の詩人は、新世界のイェーツ(William Butler Yeats 1865-1939)とブラウニング(Robert Browning 1812-89)とシェリー(Percy Bysshe Shelley 1792-1822)であり、二十世紀のアメリカの風景を定義して遠近法で描ききった巨人だというのが、ディランの持論です。
少しだけ、亡くなった父親のことを書いています。
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My father, who was plain speaking and straight talking had said, "Isn't an artist a fellow who paints?" when told by one of my teachers that his son had the nature of an artist.
父は率直で飾らない物言いをする人で、教師から息子さんには芸術家の素質があると言われた時には、「芸術家というのは絵を描くやつのことじゃないのかね」と言っていた。
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