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キューバへ CHRONICLES #118 [ボブ・ディラン『クロニクルズ』]

一緒に新聞を読んでは歌のネタを探していたレンとディラン。
トピカルソング友達とでも呼べばいいのでしょうか。

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I hadn't begun yet writing streams of songs as I would, but Len was, and everything around us looked absurd----there was a certain concsiousness of madness at work.

僕はまだ後に書くように歌を次々に書くようにはなっていなかった。でも、レンは書き始めていた。そして、僕たちの周りの何もかもが馬鹿げたものに思われた。作詞を始めると、ある種の狂気のようなものがあった。
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周囲のささいなことが煩わしく思えたりしたのでしょう。
ジャッキー・ケネディの写真というのが例に挙がっているのがおかしいです。

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Nearby at the Biltmore, the Cuban Revolutonary Council was meeting. The Cuban government in exile. They had recently given a news conference, said that they needed bazookas and recoilless rifles and demolition experts and that those things cost money. If they could get enough donations, they could take back Cuba, the old Cuba, land of plantations sugarcane, rice, tobacco----patricians. The Roman Republic.

ビルトモア・ホテルの近くにキューバ革命評議会が集まっていた。キューバ政府が亡命していたのだ。最近記者会見を開き、バズーカ砲と無反動ライフルと破壊の専門家が必要だと言っていた。そして、そういうものにはお金がかかるのだと。十分に募金が集まれば、キューバを取り戻すことができる。古いキューバを。サトウキビ、米、タバコのプランテーションを。古代貴族を。ローマ共和国を。
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ビルトモアはロサンゼルスの有名なホテルですね。
アメリカの傀儡だったバティスタが国外逃亡に追い込まれたのは、1959年1月1日。
カストロやゲバラのキューバ革命はまだ生々しい同時代のできごとでした。

日本では、援農のような形で「キューバへサトウキビ刈りに」という呼びかけがあったようです。
岡林信康さんも、実際には行けなかったのですが、それでキューバへ行くと言っていました。
雑誌に「キューバへサトウ刈りを」という言葉が載っていました。
サトウキビではなくて、サトウ栄作さんと言いたかったようです。

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